夕張鉄道の廃線から復活を夢見てかつての路線図を振り返る

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夕張鉄道の廃線から復活を夢見てかつての路線図を振り返る

夕張鉄道の復活に夕張市再生の希望を!

夕張の繁栄と夕張鉄道

炭鉱の町として繁栄を見た夕張は、国のエネルギー政策の転換で炭鉱の閉山を余儀なくされました。炭鉱という大きな産業がなくなった夕張は観光事業に希望を見出そうと、石炭博物館やローカルCM「バリバリ夕張」でおなじみのテーマパークや夕張メロン城、レースイスキー場、ホテル、温泉など数々の事業を展開しました。しかし、その結果は財政が悪化して破綻に至ってしまいました。

炭鉱が最盛期の頃、夕張鉄道は夕張から石炭を積み栗山、長沼、南幌を通って江別の野幌を経て小樽まで運ばれて行ったそうです。明治維新以降の日本の発展に夕張の石炭は貢献し、さらには第二次世界大戦で敗戦し、焦土と化した日本の復興にも夕張の石炭は大いに貢献して来ました。夕張鉄道は夕張の繁栄とともに石炭だけでなく人も運びました。昭和30年代には利用者が200万人を超えたとも言われています。

しかし、時代は変わり日本のエネルギーも石炭から石油へと変わりました。そして夕張の炭鉱は閉山に追い込まれていきます。仕事を失った人々は他の炭鉱や札幌へと移ります。夕張市の人口は急激に減少して行きました。そして昭和50年には夕張鉄道も廃線となってしまいました。

かつての線路跡は今は農地や道路、サイクリングロードなどになっています。夕張鉄道の各駅は無くなりましたが、駅を中心にした集落は残っているところもあります。それらを見るにつけて鉄道の駅が街を育てたということが理解できました。


北海道の鉄道は産業と深く結びついています。人はもちろんですが主には石炭や材木、農産物などを運ぶために作られたと言っても良いかもしれません。そのために炭鉱がなくなったり林業がダメになったりすれば鉄道も使い道がなくなってしまいます。車が主流になった今の時代ならなおさらのことです。

現在夕張にはJRの支線が運行しています。しかし、それも夕張市長が廃線を申し込むという異例の事態となり、間もなくJR夕張線も廃線になります。



昔の夕張の繁栄の姿をご紹介

昭和30年代には利用者が200万人を超えていたという夕張鉄道の雄姿も紹介されています。列車の中ではお酒を飲んだり、碁を楽しんだりしています。すごいと思ったのは碁盤の石は磁石でくっついていて落ちないようになっていました。


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